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幕末・維新
井伊側の色目鏡 ―― 安政五年十一月、水府事情探聞書と魔手が水戸に及ぶまで
安政五年(1858年)十一月。一綴りの風聞書が、井伊直弼の側に置かれていた。表題は「水府事情探聞書」。 -
幕末・維新
文久三年二月の京都 ―― 諸大名召集と攘夷の演達
文久三年(1863年)二月十六日、朝六半時(午前七時)。政事総裁職の松平慶永が門を出た。初めての参内である。 -
幕末・維新
三百年の屋敷を一札で ―― 慶応四年七月十六日、旗本屋敷の没収と江戸人
慶応四年(1868年)七月十六日。江戸城が明け渡されて三か月あまり。新政庁は、江戸にある旧旗本以下の屋敷を没収するという命令を発した。蜷川新はその文面を、この章にそのまま掲げている。 -
幕末・維新
喉を貫いた一発 ―― 慶応四年三月十五日、川路聖謨の自害を蜷川新はどう記したか
慶応四年(1868年)三月十五日の夜。江戸番町の屋敷で、一人の老人が起き上がった。半身不随の身である。沐浴し、礼服を着け、家人を退けた。遺書を書き、左手に兼貞の刀を取る。 -
幕末・維新
四壁皆攘夷党なり ―― 文久三年五月、徳川慶喜の東下と辞表提出
近江の土山駅。刺客数人が、岡部駿河守の旅館を襲った。駿河守は難を逃れた。だが前途を案じた徳川慶喜は、行列に空の駕籠を残し、駿河守を先に発たせた。尊攘派が駿河守を、井伊、安藤の遺志を継ぐ者と信じていたためだ、と蘇峰は『徳川… -
幕末・維新
鯨海酔侯の入京 ―― 文久三年正月、山内豊信と高瀬川の小橋の首
文久三年(1863年)正月十日。品川沖に、一隻の汽船が錨を下ろしていた。大鵬丸。
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