人物
松平忠固まつだいら ただかた
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幕末・維新
阿部正弘の辞表 ―― 安政元年四月、頭痛と眩暈の届書
安政元年(1854年)四月十日。老中首座の阿部正弘は、登城しなかった。同列で海防掛でもある牧野忠雅あてに、短い届書を出す。頭が痛み目がまわって難儀だ、押して出ようとしても登城できない、という断りである。用の多い折に何度も… -
幕末・維新
間部詮勝の欺瞞策 ―― 安政五年十月、小御所の書付と「うそばかり」
小御所の下段。同席は武家伝奏の広橋光成と万里小路正房。引き取ったのは夜五つ時、午後八時であった。 -
幕末・維新
「奉恐入候」の楯 ―― 安政五年六月二十三日、徳川慶喜の井伊直弼詰責
安政五年(1858年)六月二十二日。江戸城から退出した一橋家の家老が、屋敷に戻って主人に一枚の書取を差し出した。幕府が勅許を待たずに米国との条約に調印した、という達しである。 -
幕末・維新
御違勅の三字 ―― 安政五年六月、徳川斉昭の建言と井伊直弼の答書
江戸の水戸藩邸で、徳川斉昭が一通の伺書に筆を入れている。その返事である。 -
幕末・維新
井伊直弼大老となる ―― 安政五年四月、四時間の密談と就任の日
正午をまわった頃である。井伊邸に一人の来客があった。徒頭の薬師寺元真。御客番の小野田小一郎が応対に出る。「御上之御一大事」を申し上げたい、取次では申し上げかねる、どうか直接お目通りを、と封書を差し出したという。主君の一大…
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