人物
松平容保まつだいら かたもり
- 別称
- 容保
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幕末・維新
文久三年二月の京都 ―― 諸大名召集と攘夷の演達
文久三年(1863年)二月十六日、朝六半時(午前七時)。政事総裁職の松平慶永が門を出た。初めての参内である。 -
幕末・維新
鯨海酔侯の入京 ―― 文久三年正月、山内豊信と高瀬川の小橋の首
文久三年(1863年)正月十日。品川沖に、一隻の汽船が錨を下ろしていた。大鵬丸。 -
幕末・維新
烏川の河原、二刀 ―― 小栗忠順の死を蜷川新はどう告発したか
慶應四年(1868年)四月一日。上州権田村、榛名山麓の東善寺。高崎、安中、小幡の三藩の兵、およそ八百人が山腹の寺に迫った。彼らが求めたのは、寺に暮らす一人の旧幕臣との面談だった。小栗上野介忠順。前の勘定奉行。四十二歳。
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