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幕末・維新
大雨の西御役所 ―― 嘉永六年十二月、川路聖謨とロシア使節の初談判
長崎は朝から終日の大雨だった。午前九時、ロシアの使節が西御役所に姿を見せる。使節との問答は、午後四時まで続いた。川路はその夜の手記に、開口一番の問いを書き残している。「魯西亞は、虎狼之國と世に申候。然るや、又は信義の國な… -
幕末・維新
焼船は借りない ―― 嘉永六年十二月、川路聖謨の露艦往訪と返翰交付
議題は二日後のことである。前日十四日、長崎西御役所でロシア使節を饗応した。料理のあと長崎奉行らが着座し、「通辯之もの大はたらき」、つまり通訳が大いに働いて、午後四時過ぎに散会した。帰る時も船からは音楽が鳴り、三本の橋には… -
幕末・維新
和の一字は封じて ―― 嘉永六年七月、徳川斉昭という切り札
嘉永六年(1853年)七月三日、水戸邸へ一通の達しが下った。海岸防禦筋につき用があるので、しばらくのあいだ隔日ほど登城されたい。隠居の身であるから表通りには及ばない、平川口から入り、風呂屋口から御控所へ通られよ。老中阿部…
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